彼はバートとともにNBAに入団した永遠に語り継がれるスーパースター。マジックという名は魔法のようなパスを繰り出すことからファンの間でマジックという名前で親しまれるようになった。ルーキーシーズンにはバートとマジックどちらが新人王を取るかという話題が持ちきりだったが新人王はバードに譲った。しかしジャバーとチームメイトだったマジックは1年目からルーキーながらNBAファイナルを経験した、相手はDr.J率いるPhiladelphia 76ersだった。第6戦チーム大黒柱ジャバーが膝を痛めて負傷をした時にはLakersの優勝は絶望的と思われていたが本来はPGのマジックがセンターを勤めて42得点、15リバウンド、7アシストという「すべてのポジションをこなした」プレーでチームを数年ぶりの優勝に導いきルーキー初のファイナルMVPを受賞した。そのファイナルの放送が深夜の再放送で放送されていたところから見ると当時のNBA人気は低かったのである、しかしその後のマジックのLakersとバードのCelticsの戦いは再びNBA人気を元に戻した。彼のオールラウンダーぶりが分かる記録がある3年目には史上2人目のシーズントリプルダブルかと思わせる18.6得点、9.6リバウンド、9.5アシストを記録した。結局彼の魔法のようなパスとアップテンポの試合運びでジャバー、ウォージーというトリオを結成し5回の優勝を遂げた、これからもマジックは活躍を期待していたが91年エイズ(当時は社会的認知が低かった)に感染し引退、ファンに衝撃を与えた。96年に突然復帰するもそこに全盛期のマジックという姿はなくそのまま引退していった。しかし17000得点、6000リバウンド、10000アシストを記録し平均でも7.2リバウンド11.2アシストという記録を見れば彼の偉大さが分かるだろう。
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